月夜の契約

 ある秋の夜。
 窓から差し込む月明かりを少し冷たく感じながら、幾度目かの寝返りを打つ。
――――― 眠れない。
 普段寝起きの悪い自分の頭が、なんでこういう時に限ってクリアなのか。
 体を起こして、ふと窓の外に目をやると、空には大きな月が浮かんでいた。
「満月…?」
 真っ白な光が、まるで昼間のように、くっきりと町並みを映し出している。
 どうりでまぶしいわけだ。

「ふぅ」
 ひとつため息を吐いて、頭を切り換える。
――――― まぁ、いいか。寝なくても。
 幸い明日は日曜日。好きなだけ寝ていられるわけで。
 ベッドを降りると、床に脱ぎ捨ててあったパーカーを羽織る。
 別に、どこかに出かけようと思ったわけじゃない。
 ただちょっと、喉が渇いただけだ。


 部屋を出た瞬間、あれほどクリアだった頭の中で、思考回路が停止するのを感じた。

 それは、本当に偶然。
 階段を降りる前、窓の外に予想外のものを見た。
 下に見える道路。
 右から左へ移動するその人影を、ただ、目だけが追いかける。

―――――。

 うつむき加減でゆっくりと歩くその姿が窓枠を越えて見えなくなってから。
 俺は、やっと状況を理解した。

「―――――っ、あの馬鹿……!」

 時刻は午前一時半。
 階段を駆け下りて、既に姿の見えなくなった永沢悠里の後を追った。